1994年2月、10年間の開発を経て悲願の「H-IIロケット」打ち上げ
H-IIロケットは、H-I以前のロケットとはまったく系統の異なる、完全に新しいロケットとして開発が進められました。そのなかでもっとも困難な課題の1つは、第1段のエンジン開発でした。これはロケット打ち上げの成否を左右するエンジンであり、失敗は許されませんでした。その新エンジンであるLE-7は、何度も試験に失敗し、開発は困難をきわめました。軽量化とそれに伴う高効率化、振動・音響・温度への耐久性の確保など、LE-7の開発は日本のロケット史上もっとも困難な課題といえるものでした。しかし、国産ロケットにかける担当者たちの熱意が困難を打ち破り、ついに予定から2年遅れて1994年2月、純国産ロケット「H-II」初号機が種子島宇宙センターから打ち上げられました。10年の開発期間を経てようやく成し遂げられた、悲願の打ち上げ成功でした。

スポットライトに輝く打ち上げ前夜のH-IIロケット
「J-I」は、開発をより円滑に進める低コスト化の試み
H-IIを完成させた日本は、世界の宇宙開発をつねにリードしてきたアメリカとロシアにようやく肩を並べました。日本が世界に貢献できるようになった今後は、国内の宇宙開発を円滑に進めるためにも、コスト削減は避けられない課題となります。その低コスト化に向けた試みの1つが、「J-Iロケット」です。第1段に宇宙開発事業団(現 宇宙航空研究開発機構(JAXA))が開発したH-IIの固体ロケットブースタ、第2・第3段には宇宙科学研究所(現 宇宙航空研究開発機構(JAXA))のMロケット用固体モーターを用いて、開発にかかる手間と時間を大幅に減らすことに成功しています。このJ-Iロケットの1号機は、1996年2月12日、極超音速飛行実験機(HYFLEX)を搭載して打ち上げられました。

コスト削減と柔軟性の両立をめざした改良型「H-IIA」
コスト削減を実現するもう1つの大きな柱は、開発するロケットに、毎回変わる衛星のサイズや個数など、打ち上げニーズに対応可能な柔軟性をもたせることです。2001年に打ち上げが成功した「H-IIA」は、そうした観点からH-IIを改良したロケットです。H-IIAロケットでは、接続する固体ロケットブースタ(SRB-A)の数や、固体補助ロケットブースタ(SSB)の数をミッションにあわせて変更することが可能です。

2002年9月10日、種子島宇宙センターからのH-IIA3号機の打ち上げ

