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サリュート

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関連情報

分類:宇宙ステーション

名称:サリュート1〜7号(Salyut1‐7)/アルマース1~3号(Almaz1-3)
開発機関・会社:ソ連科学アカデミー
運用機関・会社:ソ連科学アカデミー
打ち上げ・運用停止年月日
打ち上げ国名・機関:ロシア(CIS)・旧ソ連/ソ連科学アカデミー
打ち上げロケット:プロトンK
国際標識番号:サリュート1号:1971032A/サリュート2号:1973017A/サリュート3号:1974046A/サリュート4号:1974104A/サリュート5号:1976057A/サリュート6号:1977097A/サリュート7号:1982033A

サリュートは、1970年代から1980年代にかけて、旧ソ連が打ち上げた有人宇宙ステーションの総称です。ただし、のちに明らかとなった記録によると、サリュート宇宙ステーションには、軍事利用を目的としたアルマースと、平和利用が目的のサリュートのふたつの計画から成り立っていました。ふたつのタイプのステーションは、設計開発までもが違ったセクションによって進められていたのです。サリュート1号から7号のうち、2号、3号、5号が軍事目的で、本体には大型の光学望遠鏡が搭載され、地上の軍事施設などの偵察用撮影がおこなわれました。アルマース計画は、その後、無人タイプに姿を変えて生き延び、現在は地球観測用レーダー衛星として復活しています。
ソ連の宇宙ステーションは、アルマースを含めた第1世代と、サリュート6号と7号の第2世代、それにミールからはじまる第3世代の3つに分類することができます。
第1世代のサリュートでは、ドッキング・モジュールが1ヵ所しかないため、ミッション全体を通して、それぞれ、わずか数人の乗員しか滞在できませんでした。これに対して、ドッキング・モジュールを前後2ヵ所に増設したサリュート6号や7号では、帰還用の宇宙船を確保した上で、新しいメンバーとの交代や物資の補給が可能で、ステーションを無人にすることなく、その活動を常時維持することができるようになりました。このため、インターコスモス計画にもとづき宇宙を訪れた、ソ連以外の様々な国の宇宙飛行士をはじめ、従来とは桁違いの数の人々が、宇宙を訪れることになりました。
軍事目的から出発したサリュート計画は、宇宙開発の歴史の中で、ミールへの、また、国際協力のもとで進められている国際宇宙ステーション計画の先導役として、アメリカのスペースシャトルにも匹敵する大きな功績を残したのです。

1.どんな形をして、どんな性能を持っているの?
解説にも記したように、サリュートは、軍用のアルマース(サリュート2号、3号、5号)、平和目的の第1世代サリュート(1号、4号)、それに第2世代の6号と7号とに分類されます。ここでは、アルマース2号でもある軍用のサリュート3号と、民間用第1世代のサリュート4号、それにサリュート7号の形や性能を紹介します。
サリュート3号(アルマース2号)は直径4.15m、全長11.61mで、左右に太陽発電パネルを搭載、また、ドッキング・モジュールとは反対側に再突入用のカプセルを組み込むことができるようになっていました。本体にはレンズの口径1mと巨大な光学望遠鏡が搭載され、軍事偵察に用いられました。
サリュート4号は円筒形で、最大直径4.15m、全長13.07m、総重量18.21t。軌道修正用の推進剤2トンを積載しています。サリュート1号とは非常によく似た構造ですが、全長17m、面積60m2太陽の方角を追って方向を変えられる新式の太陽発電パネルを搭載しています。
サリュート7号も円筒形で最大直径4.15m、全長14.4m、総重量19.824t。軌道修正用の推進剤1.2tを搭載しています。第1世代サリュートと同じく全長17m、面積60m2太陽発電パネルが設置されていました。

2.宇宙でどんなことをして、今はどうなっているの?
サリュート1号は、平和利用を主な目的としたものとしては、ソ連最初の宇宙ステーションです。この1号の打ち上げから4日後には、3人の宇宙飛行士を乗せたソユーズ10号が発射されましたが、ドッキング後、ステーションへ乗り移ることができず、4月25日にそのまま帰還しました。同じ年の6月7日には、ソユーズ11号がドッキング、3人の乗員がサリュート1号に乗り込み、23日間滞在したのち、6月29日に帰還。しかし、ソユーズ宇宙船内の空気が失われる事故により、乗員全員が死亡しました。
サリュート2号は、軍事利用をねらったアルマース宇宙ステーションの1号機でしたが、打ち上げ後、有人ミッションを開始する前に電気回路が故障、火災が発生し、外殻部の破壊により空気が失われるとともに分解、完全に機能を失ってしまいました。
サリュート3号は、アルマース2号として実地に運用された最初の軍用宇宙ステーションとなりました。1974年7月には、2人乗りのソユーズ14号とのドッキングに成功、搭載した大型光学望遠鏡による地上偵察ミッションが2週間にわたって実施されました。8月にはソユーズ15号とのドッキングも試みられましたが、自動ドッキング装置の故障により失敗しました。
サリュート4号は、平和利用目的の2号ステーションとして、大型の太陽望遠鏡やX線望遠鏡を搭載、宇宙や地球の科学的観測に成功、また、人間の宇宙長期滞在実験にも貢献しました。それぞれ2人乗りのソユーズ17号、18B号(18A号は打ち上げに失敗、乗員は生還)とドッキング、2回にわたる有人ミッションがおこなわれました。
サリュート5号は、軍事目的の有人ステーションとしては最後となったアルマース3号として、ソユーズ21号、ソユーズ24号のそれぞれ2人、計4人の軍人によって2回にわたって運用されました。この間にソユーズ23号によるドッキングも試みられましたが失敗、緊急帰還時にカプセルが湖底に沈むという事故をひきおこしましたが、乗員は奇跡的に生還しています。21号では2ヵ月近くの滞在が記録されました。
サリュート6号は、本体の前後にふたつのドッキング・ポートをもうけた第3世代の宇宙ステーションとして、途中、断絶はあったものの、無人のプログレスや有人のソユーズソユーズT型補給宇宙船により宇宙飛行士を交代、有人のまま常時運用をつづけることを実現しました。また、インターコスモス計画にもとづき、9回にわたってロシア国外の飛行士がステーションに滞在しました。長期の運用による障害の修理が1980年、1981年と2回にわたっておこなわれましたが、結局、1982年、サリュート7号にあとをゆずる形で、大気圏に突入、その任務を終えました。5年間の有人滞在期間は576日、また、185日におよぶ最長滞在が記録がされています。
サリュート7号は、サリュート6とほとんど同じ設計で、1984年に太陽発電パネルの故障、タンクの破壊による推進剤の漏出などの事故や故障があいつぎ、新しい発電パネルを船外活動により展開するなど、何度となく大規模な修理がおこなわれました。長期滞在への挑戦をぬって、修理のこころみは1985年にもおこなわれましたが、1985年11月21日、ついに最後の滞在メンバーたちが撤退、ステーションは機能を失いました。
1986年3月、新型宇宙ステーションのミールとのドッキングを目指して発射されたソユーズT15号の乗員2人は、ミールをサリュート7号とのランデブー点に移動、ソユーズに再び乗り込み、5月5日、サリュート7号とドッキング、残されていた研究資材や資料を回収、6月25日、ドッキング状態をとき、ミールに帰還しました。これを最後に、サリュート7号は完全に放棄されました。

3.この宇宙ステーションにのりこんだ宇宙飛行士は?
サリュート1号に最初に滞在した3人の宇宙飛行士、ゲオルギ・ドブロボルスキー、ウラジスラフ・ボルコフ、ビクトール・パチャエフは、1971年6月29日、地球への帰還時におきたカプセルの大気漏れにより死亡、1967年、やはり、地球への帰還時の事故で死亡したイラジミール・コマロフにつづく、宇宙での2度目の死亡者となりました。
その後、サリュート3号では2人、サリュート4号とサリュート5号では4人が滞在しただけでしたが、サリュート6号ではのべ35人、7号ではのべ24人と、滞在者の数は一挙に増加しました。

4.どのように地球を回るの?
大きな構造体である宇宙ステーションは、軌道周回高度にあるきわめて薄い大気の影響を受けて減速、しだいに高度をさげてゆきます。そこで、サリュートでは、高度が落ちるたびに積載してある推進剤(酸化剤・燃料)を小型ロケットで噴射、近地点高度200km、遠地点高度200~300kmへと軌道を修正していました。以下は、こうした修正以前の、打ち上げ直後の軌道要素です。
サリュート1号は、打ち上げ直後の近地点高度180km、遠地点高度214km、軌道傾斜51.4度、公転周期88.5分。
打ち上げ直後の高度は、3号が近地点高度216km、遠地点高度248km、軌道傾斜51.6度、公転周期89.1分。
4号が近地点高度212km、遠地点高度251km、軌道傾斜51.6度、公転周期89.1分。
5号が近地点高度215km、遠地点高度232km、軌道傾斜51.6度、公転周期88.9分。
6号が近地点高度188km、遠地点高度237km、軌道傾斜51.6度、公転周期88.7分。
7号は近地点高度279km、遠地点高度284km、軌道傾斜51.6度、公転周期90.2分です。