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スペースシャトル計画

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スペースシャトルは、NASAが開発した再使用型輸送機です。最大7人のクルーとペイロードを搭載したスペースシャトルは、米国フロリダ州NASAケネディ宇宙センターからロケットのように打ち上げられ、同センター(悪天候の場合の代替着陸地は、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地内のドライデン飛行研究センター(DFRC)、ニューメキシコ州のホワイトサンズ試験施設)に着陸します。1981年4月12日、「コロンビア号」がスペースシャトルとして初めて飛行に成功しました(STS-1)。2010年8月までに131回のフライトが行われています。

全長は56.1m、オービタの翼幅は23.8m。大きく3つの構成要素からなります。まず宇宙飛行士が搭乗し、再使用可能な「オービタ」、オービタのメインエンジンのための燃料を搭載し、打ち上げから8.5分後に切り離される「外部燃料タンク」、そして外部燃料タンクの両脇に2本あり、打ち上げ後約2分間のほとんどの推力を担う「固体ロケットブースタ」の3つです。
スペースシャトルは当初、軍事衛星、商用静止通信衛星、NASAデータ中継衛星、ハッブル宇宙望遠鏡等の無人人工衛星の打ち上げが主流で、続いて、欧州が開発しNASAへ提供した宇宙実験室(スペースラブ)内での無重力環境を利用した宇宙実験、その中で1992年、毛利衛宇宙飛行士が搭乗した宇宙実験ミッション「第一次材料実験(ふわっと’92)」はスペースシャトルエンデバー号でしたが、このフライトは1981年の初フライト以来、50回目の記念すべき飛行でした。その後の無人の人工衛星打ち上げとしてはNASAデータ中継衛星等が続きましたが、1990年のX線天文衛星チャンドラを最後に、無人人工衛星の打ち上げは行われていません。ハッブル宇宙望遠鏡は1990年の打ち上げ以降、搭載機器の交換、性能向上等修理ミッションが2009年まで5回行われました。また、シャトルで打ち上げた通信衛星インテルサットの軌道変換モータの不調により静止衛星軌道投入ができなかった衛星をスペースシャトルで捕獲し、再度、放出したこともあります。その後は、ロシア・ミールステーションとのドッキングミッションや、宇宙実験室としての単独フライトが、2003年のコロンビア号まで継続されましたが、コロンビア号地球への帰還途中で空中爆破事故して以降、宇宙実験室としての単独フライトもなくなり、現在では、1998年、国際宇宙ステーションISS)第2番目の構成要素であった「ノード1(ユニティ)」の組立て以来、専ら、ISSの組立てや補給フライトとして利用されています。日本人宇宙飛行士も、毛利衛宇宙飛行士以降、向井千秋宇宙飛行士若田光一宇宙飛行士土井隆雄宇宙飛行士、野口総一宇宙飛行士星出彰彦宇宙飛行士山崎直子宇宙飛行士の計7人が、11回搭乗しました。2011年にはスペースシャトルが退役しますので、2010年に搭乗した山崎直子宇宙飛行士が日本人宇宙飛行して最後のシャトル搭乗者となります。
当初、スペースシャトルは機体を100回程度繰り返し利用することによって、打ち上げ費用を削減できることを目的としていたものの、1986年1月にチャレンジャー事故、2003年2月にコロンビア号事故で宇宙飛行士の命が失われ、事故原因究明や安全対策に時間がかかり、打ち上げコストの増大を始めとして、システム全体的の老朽化が進んできています。

スペースシャトルは、当初、「コロンビア」、「チャレンジャー」(1983年4月4日初フライト)、「ディスカバリー」(1984年8月30日初フライト)、「アトランティス」(1985年10月3日初フライト)の4機体制で運用を開始しましたが、1986年1月28日、「チャレンジャー」は打ち上げ時に固体ロケットブースタの不具合で、空中爆発しました。そのため、新たに「エンデバー」が建造されました。しかし、2003年1月、地球への帰還途中、「コロンビア」が大気圏内で空中分解する事故で機体を失いました。
現在は、「アトランティス」「エンデバー」「ディスカバリー」の3機で、主にISSの組立てや、物資補給ミッションに使われていますが、シャトルでしか対応できない大型のISS要素の打ち上げも終了したため、米国オバマ大統領は、2011年にスペースシャトルが引退することを決定しました。