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宇宙へのあこがれ

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関連情報

ギリシャ・ローマの太古から、人類への旅行を夢見てきた

古くから人類は宇宙へ行くことを夢見てきました。はじめ、その夢の中心だったのは月旅行です。ギリシャの作家ルキアノスの『本当の歴史』(紀元2世紀)やフランスの僧ゴドウィンの『月世界の人』(17世紀)には、鳥の羽をつけてへ飛んでいく人間が描かれています。19世紀になると、ニュートン力学などの科学の発達とともに質の高い空想科学小説(SF)が書かれるようになります。なかでもジュール・ベルヌの『地球からへ』(1865年)は、正確な科学の知識と豊かな想像力にあふれたすばらしい作品で、各国語に翻訳されてベストセラーになり、世界中の少年少女の宇宙へのあこがれを刺激しました。のちに宇宙開発のパイオニア(開拓者)と呼ばれることになる人々は、例外なくベルヌの愛読者でした。

ロケット設計の基礎をきずいたツィオルコフスキーは「宇宙旅行の父」と呼ばれた

19世紀末のロシアの科学者ツィオルコフスキーは、ロケットによる宇宙旅行を、空想としてではなく科学として研究した最初の人です。独学で数学や物理学を身につけたツィオルコフスキーは、1897年、噴射(ふんしゃ)ガスの速度が大きいほど、そしてロケットエンジンの点火時と燃焼終了時の質量比が大きいほど大きな速度が得られることを示す「ツィオルコフスキーの公式」を発表しました。この画期的な公式は、現在でもロケット設計に使われています。さらに彼は、液体水素と液体酸素を推進剤(すいしんざい)とするロケット多段式ロケットなど、いくつものすばらしいアイデアを発表し、また、世界ではじめて人工衛星の理論を述べました。ツィオルコフスキーは「宇宙旅行の父」と呼ばれています。

コンスタンチン・ツィオルコフスキー
コンスタンチン・ツィオルコフスキー

1926年に人類初の液体燃料ロケットを打ち上げた「近代ロケットの父」ゴダード

アメリカのロバート・ゴダードは、世界ではじめて本格的なロケットをつくった人です。彼ははじめ、固体推進剤ロケットを考えていましたが、ツィオルコフスキーの研究を知って考えを変え、たいへんな苦労の末に液体推進剤のロケットを完成しました。1926年3月16日、マサチューセッツ州オーバーンの農場で打ち上げられた人類初の液体燃料ロケットは、飛行時間2.5秒、最高到達高度12m、到達水平距離56m、平均時速100kmでした。ゴダードはその後もロケットを改良し続け、人々から「近代ロケットの父」と呼ばれています。

フォン・ブラウンの開発したV2ロケットは第2次世界大戦で使われた

ツィオルコフスキーが理論をつくり上げ、ゴダードが実際に打ち上げたロケットをさらに開発したのは、旧ソ連とドイツです。とりわけドイツのフォン・ブラウンは、陸軍の依頼(いらい)によって大型ロケットの開発を進め、1942年、史上初の誘導(ゆうどう)ミサイルV2を完成しました。V2は全長14m、直径1.65mで、飛行距離は約310kmでした。第2次世界大戦中には、1500発を超えるV2が、ドイツからイギリスに向けて発射されました。

のちのアポロやスペースシャトルにも受けつがれたロケット実験機の技術

第2次世界大戦後、アメリカはロケット実験機の試作をはじめました。そのなかから生まれたのが「ベルXS-1」です。ベルXS-1は1947年、マッハ1.06で飛び、世界ではじめて音速を超えました。1949年にはノースアメリカンX-15が完成し、航空機としては最高の速度であるマッハ6.7を記録、高さも最高107.8kmまで上昇しました。この技術は、のちのアポロ計画スペースシャトルの打ち上げに受けつがれていきます。